過去の表現を現代に照らし合わせて改変するべきか?
映画、テレビドラマ、漫画、小説、様々な表現媒体があり、その媒体によっても多少のグラデーションはあるものの、時代によって許されなくなってきた表現や言葉が多々存在する。
これらを現代で発表するとき、改変するべきか否か、皆に問いたい。
目次 | 使えなくなった表現 | 改変するか否か |
使えなくなった表現
昔は使われていたが今では禁忌として扱われる言葉の例として「キチガイ(気違い、気狂い)」というものがある。
これは文字通り気が狂っている、狂人、という意味なのだが、江戸時代から使われ始め、1970年代頃までテレビや漫画等の表現媒体においても使われていた言葉である。
これが放送禁止用語、差別用語となり、今では使ってはいけない言葉となっている。
横溝正史の小説においては、主人公の探偵が「気違い」と「季違い」を混同してしまうという内容にかかわる言葉として使われており、映画やテレビドラマにもなっているのだが、再放送の際はシーンがまるっとカットされていたり、新たに制作する場合はストーリーを改変しているという。
その他、漫画でも「気がちがう」「気が狂う」などと使われている部分は緩やかな表現に差し替えられている。
「気が狂う」系のものは「おかしくなる」という表現になったり、レーザー光線を受けたら「くるくるぱーになる」という効果は「動物になってしまう」という全然違う光線効果に変わったりと様々だ。
その他、他国を指す別称や、漫画であれば絵(特定の人種を科学的に遅れた民族として描く)、パワハラ、セクハラといった表現など含めて、1960年代と2020年代現在を比べると大きく変わってきている。
改変するか否か
もちろん、時代によって良しとされる表現、駄目とされる表現が変わっていくのは当たり前だし、むしろアップデートされて然るべきだと思う。
古い価値観の表現には、差別的なものが含まれていて、傷つく人が出てくるかもしれない。
諍いを生み出すこともあるかもしれない。
それは理解できる。
だが、その時代その時代に作られた表現には、風土、時代性、色んなものが含まれている。
1960年代と2020年代ではそもそもの価値観が違うものだってあるのだから、現代では許されない表現だったとしても、当時作られたものを尊重したほうがいいと考えるのも理解できる。
なんでもかんでも検閲がはいり、言葉狩り、表現狩りのようになっていく世界は息苦しいが、それによって防げるナニかがあるのも事実だと思う。
さらに、コメディやギャグなのか、骨太の歴史作品なのか、バラエティだから、映画だから、漫画だから、小説だから、表現の媒体によっても感じ方が変わってしまう可能性もある。
皆さんは、どうお考えだろうか?
オピニオン
2023/09/07 13:30
2023/09/07 04:32
当時の表現を尊重することが問題の根本を解決するとは限りませんか?
2023/09/08 00:02
2023/09/07 15:13
なぜ現代の価値観や倫理に合わせて表現を変えることが、意図の喪失だけではなく、社会の進歩や個人の尊厳を守るために必要だと考えないのですか?
2023/09/10 08:07
2023/09/09 23:13
なぜ過去の差別的な表現や言葉を維持する必要があると思いますか?
2023/09/07 12:17
2023/09/07 03:24
なぜ何でもかんでも改変することに反対するのですか?
2023/09/07 15:53
2023/09/07 06:58
なぜ時代錯誤な表現は改変すべきではないと思いますか?
2023/09/07 16:37
2023/09/07 07:38
過去の表現を改変することは歴史の改ざんになるのではないか?
2023/09/07 12:41
2023/09/07 03:43
そのような表現を改変せずに尊重することで、害を及ぼす可能性や差別を助長する可能性があると考えませんか?
2023/09/12 17:46
2023/09/12 08:49
なぜ過去の表現を尊重する必要があるのか、もっと現代の価値観に合わせるべきではないのか?
2023/09/14 23:59
2023/09/14 15:00
このユーザーが表現の改変に反対する考え方には同意できない。
2023/09/07 20:37 (編集済)
2023/09/07 11:42
許されなくなった表現や言葉は、時代の変化によって社会的な意識が進化する結果として生まれています。それを尊重することで、より包括的で平等な社会を築くためには、現代の価値観に基づいた改変が必要な場合もあるのではないでしょうか?